サクラローレル
サクラローレル
サクラローレルは、1991年5月8日、北海道静内郡静内町の谷岡牧場で生まれました。
父は、アメリカ生まれでイギリスで調教を受けた
競走馬・種牡馬であるレインボウクエスト。
母は、フランス産まれの繁殖牝馬であるローラローラ。
1994年1月、中山競馬場で4歳時にデビューし、
3戦目で勝ち上がりました。
翌1995年の5歳時には、
中山の金杯を勝ち5歳で重賞初制覇を飾り、
続く目黒記念ではハギノリアルキングの2着に敗れました。
天皇賞(春)を目指し調教されましたが、
栗東に遠征しての追い切りで両前脚深管を骨折するという
安楽死処分が検討されるほどの重傷を負ったのです。
無論、安楽死は回避されましたが、長期休養にはいることに。
調教師の境は金杯勝ちの直後に海外遠征を考えていた事から、
「あのとき行っていれば、海外でGIを勝っていたと思う。
このヘボ調教師がチャンスの芽を摘んじゃったのさ。
ローレルに悪いことをしたと、ずっと頭から離れないよ」
と語ったことを、境の死後に井崎が明らかにしていたそうです。
1996年にケガから復帰し、
新たに主戦となった横山典弘との新コンビで
中山記念に挑んだ結果、見事優勝。
そして出走した天皇賞(春)では、
サクラローレルは3番人気でありましたが、
直線力強い末脚を見せてナリタブライアンを差しきり優勝。
初のGI勝利となりました。
宝塚記念の施行が7月に変更された時期。
オールカマーではマヤノトップガンと人気を二分し、
勝負が注目されたのですが勝利を得る事ができ、
目標とする天皇賞(秋)に出走しました。
続けて、ジャパンカップを回避して
出走した有馬記念でも二度目の
GI2勝目を挙げる事になります。
その後、年が明けた1997年では、
軽度の骨折により、2着に敗れました。
さらに、凱旋門賞を目指して渡仏するも、
前哨戦のフォワ賞でレース中に右前脚に屈腱不全断裂を発症し、
最下位8着に敗れました。
そして、1997年9月16日に引退を発表し、
種牡馬になりました。
サクラローレル・プロフィール
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 栃栗毛
生誕 1991年5月8日(20歳)
父 Rainbow Quest
母 ローラローラ
母の父 Saint Cyrien
生国 日本(北海道静内郡静内町)
生産 谷岡牧場
馬主 (株)さくらコマース・全尚烈
調教師 境勝太郎(美浦)→小島太(美浦)
生涯成績 22戦9勝
獲得賞金 6億2699万1000円
